
現代社会において、英語はグローバルなコミュニケーションツールとしてその重要性を増す一方です。しかし、多くの日本人にとって、英語学習は依然として高いハードルであり、その習得には様々な課題が横たわっています。特に、親と子どもの間で英語学習に対する意識のギャップが存在することは、効果的な学習を阻む大きな要因となっています。
親世代は、子どもに「英語を話せるようになってほしい」という願望を抱く一方で、学校教育の現場では「テストで高得点を取れること」が重視されがちです。
この「話せるようになりたい」という運用能力の習得と、「点数を取れる」という知識の習得との間には、しばしば大きな隔たりが見られます。子ども自身もまた、英語を「話せるようになりたい」と漠然と考える一方で、日々の学習では「点数を取る」ことに追われ、本来の目的を見失ってしまうことがあります。このギャップを埋め、真に「使える英語」を身につけるためには、従来の学習方法を見直し、より本質的なアプローチを模索する必要があります。
5教科の中で英語が持つ特殊性
日本の学校教育における主要5教科、すなわち国語、数学、理科、社会、そして英語。この中で、英語だけが「別物」であると感じる人は少なくありません。
その理由は、英語が他の教科とは異なる学習の性質、習得プロセス、そして評価方法を持っているからです。この特殊性を理解することは、効果的な英語学習法を確立する上で不可欠です。
知識 vs. 運用スキルの重み
他の主要教科が「知識依存型」であるのに対し、英語は「運用スキル」が核となる教科です。
例えば、数学では定義や定理を理解し、演習を繰り返すことで問題解決能力が定着します。理科では法則や概念体系を学び、社会では事実や構造を記憶することで、それぞれの分野の理解を深めます。これらの教科は、基本的に「理解→演習→定着」というプロセスで完結しやすく、知識の習得がそのまま成果に直結しやすい性質を持っています。
しかし、英語は異なります。
英語学習の主たる対象は、音、語彙、構文、そして語用といった多岐にわたる要素であり、これらを組み合わせて「聞く・話す・読む・書く」という運用スキルを習得することが求められます。
これは、まるで運動技能を習得するかのようです。知識(文法や語彙)は、英語を運用するための「必要条件」ではありますが、それだけでは「十分条件」にはなりません。どれだけ文法知識があっても、単語を覚えても、実際に英語を使ってコミュニケーションする能力がなければ、「使える英語」とは言えないのです。英語の習得は、知識を詰め込むこと以上に、時間をかけ、量をこなし、質の高いインプットとアウトプットを繰り返すことで、まるで筋肉を鍛えるように運用スキルを磨き上げていく側面が強いのです。
学習プロセスの違い
英語の学習プロセスには、他の教科には見られない独特の要素が含まれています。
その最たるものが「インプット量と“沈黙期”」そして「感情フィルター(Affective Filter)」の存在です。
ネイティブの子どもが英語を話し始めるまでに、1日7,000語以上もの英語に数年間浴びるという事実が示すように、言語習得には膨大な量のインプットが不可欠です。
数学や理科では、概念を習ったその瞬間から問題演習に入り、すぐにアウトプットを始めることができますが、言語学習においては、インプットを蓄積する「沈黙期(Silent Period)」という期間が存在します。この期間を経て、初めてアウトプットが顕在化するのです。この沈黙期を理解し、焦らずに十分なインプットを確保することが、英語習得の鍵となります。
さらに、英語学習には「感情フィルター(Affective Filter)」という心理的な障壁が大きく影響します。これは、学習者の不安、恥ずかしさ、自己意識の高さなどが、言語の理解や発話を妨げる要因となる現象です。
例えば、「発音が怖いから数学の問題が解けない」という現象は起こりませんが、英語においては「間違えるのが恥ずかしいから話せない」という状況が頻繁に発生します。この感情フィルターが低い状態、つまり安心して英語を使える環境を整えることが、学習効果を最大化するためには非常に重要です。
また、言語習得には「発達・年齢の影響」も無視できません。特に発音や語感の習得においては、「臨界期説」が議論されるほど、年齢が影響すると言われています。幼少期に特定の言語に触れることで、よりネイティブに近い発音や語感を身につけやすいという考え方です。一方で、歴史の暗記や数式操作といった知識習得は、成人以降でも十分に高いレベルに到達可能です。この年齢による影響も、英語が他の教科と異なる「別物」である所以の一つと言えるでしょう。
評価方法と“実用性”
英語の評価方法は、その「実用性」との間に乖離があることが指摘されています。数学や理科、社会などの教科では、正誤が比較的明確であり、テストで高得点を取ることがそのままその分野の理解度や能力を示す指標となりやすいです。しかし、英語においては、流暢さ、正確さ、語用、発音など、多岐にわたる観点から評価されるため、正誤だけでは測れない側面が多く存在します。
「高得点=実用力」と直結しにくいのが英語の大きな特徴です。筆記試験で高得点を取れる人が、必ずしも流暢に英語を話せるわけではない、という状況は珍しくありません。
これは、テスト設計が「実際に使えるか」というパフォーマンスを測ることに特化していないためです。真に「使える英語」を測るためには、ロールプレイングやプレゼンテーションといった「パフォーマンス評価」が不可欠となります。逆に言えば、実用場面で鍛えたスキルが、筆記試験にも良い影響を与えることもあります。英語は、学術や就職といった専門的な場面だけでなく、地球規模のコミュニケーション基盤として汎用的に利用するという点でも、他の教科とは一線を画しています。
学び手が感じる“他教科とのギャップ”
このような英語の特殊性は、学習者自身が「他の教科とは違う」と感じるギャップを生み出します。このギャップが、英語学習における挫折の大きな原因となることがあります。
- 成果の即時性が低い: 例えば、英単語を1,000語覚えたとしても、すぐに「英語が話せるようになった」という実感を伴うことは稀です。他の教科であれば、公式を覚えれば問題が解けるようになる、歴史の年号を覚えればテストで点数が取れる、といった形で、努力がすぐに目に見える成果として現れやすいです。しかし、英語は、地道な努力の積み重ねが、ある日突然「話せるようになった」という形でブレイクスルーを迎えることが多く、それまでの期間は成果が見えにくいため、モチベーションを維持するのが難しいと感じる学習者が少なくありません。この成果の即時性の低さが、挫折を招く大きな要因となります。
- 努力量が見えにくい: 英語学習は、累積語数、音読回数、リスニング時間など、目に見えにくい努力の積み重ねが重要です。これらの努力を「見える化」しないと、学習者自身が自分の成長を実感しにくく、自己評価が困難になります。例えば、数学の問題集を何ページ進めた、理科の実験を何回行った、といった具体的な進捗が見えにくいことが、学習意欲の低下につながることがあります。
- 文化コンテクストが絡む: 英語は単なる言語のルールだけでなく、その背後にある文化や社会、そして慣用表現といったコンテクストが深く絡み合っています。テキストだけを読んで文法や単語を覚えるだけでは、真の理解には至りません。例えば、英語のジョークや皮肉、あるいは特定の状況での適切な表現などは、その文化的な背景を理解していなければ、意味を正確に捉えることが難しい場合があります。このような文化的な側面が、英語学習をより複雑にし、他の教科とは異なる難しさを感じさせる要因となっています。
これらのギャップを乗り越え、英語学習を成功させるためには、英語が持つ特殊性を理解し、それに適した学習アプローチを採用することが不可欠です。従来の「知識詰め込み型」の学習から脱却し、運用スキルを重視し、感情的な側面にも配慮した学習環境を整えることが、これからの英語教育には求められています。EduGamesは、まさにこの課題に応えるべく、新しい英語学習の形を提案しています。
参考文献
文部科学省. (2020). 小学校学習指導要領解説 外国語活動・外国語編. https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387017_007.pdf